〜 社長 鞍とは‥ : デイトナをめぐる短編小説  (鞍和彦 著)〜

■ 第四話  ディトナを操る女(ひと)

俺が麗子と会ったのは、富士スピードウエイであったFCJの走行会だった。
これには フェラーリトロフィーと呼ばれるレースもメニューも含まれている。

最新の599から430チャレンジなどのモダンFのクラスから、ビンテージクラスまで混走で行うレースだ。
友人に誘われて久しぶりに新装になったFISCOを訪れた。
もうすでにウオームアップランが始まっている。
ピットの上にあがりストレートを走るフェラーリを眺めていると
エキゾーストノートは控えめだがストレートをかなりなスピード、ほとんど355辺りと同じくらいの
速さで走る赤いFを見つけた。

真横から見ると砲弾のような ビュレットスタイルと呼ばれる、365GTB/4 ディトナだった。

私はそのとき涼子のディノと真由美のミウラを持っていた。
2台とも70年代を代表する素晴らしい車だ。
特にミウラは12気筒の迫力、それしかないと言えるほどの乾いたエキゾーストノート。
私はミウラを走らせるとき、無用と言えるほど空ぶかしを楽しむのが常だった。

デイノも悪くないがミウラに比べると少し物足りない。
贅沢な欲望だった。

つまり12気筒Fを欲しいという気持ち。勿論キャブのモデルでだ。

鞍さんに相談すると、12気筒Fの基本は当然フロントエンジンだと言う。
考えれば凄いことだが、フェラーリ社は創業の1954年から12シリンダーのエンジンを使い続けてきたのだった。

そして1973年、一つの区切りとして長年設計の基本としていたフロントエンジンを改める。
そう、全てを改めてミッドシップに搭載位置を変更し、しかもV型から水平対抗にシリンダー位置を変更したのだ。

ポルシェも生まれたときから水平対抗、しかしあちらは6気筒、こちらは12気筒じゃないか。

そうなると当然最後のフロントエンジン12気筒が気になる、
それが 365GTB/4 通称デイトナだった。

その愛称の由来は 1967年 アメリカのフロリダにある デイトナサーキットでの24時間耐久レースで、
宿敵だった、フォードチームのGT40をしりぞけてフェラーリの330P4などが 1,2,3フィニッシュを飾ったのを
記念して 大スポンサーだったニューヨークの ルイジ キネッティが命名したといわれている。

イタリヤ系移民のルイジキネッティはニューヨークで カービジネスで成功を収め、全米で始めてのフェラーリの
代理店をニューヨークで開いた人だ。 エンッオとも非常に親しかったと言われる。

彼はスピードレースにも関心があり、自らのチームを NART ノースアメリカンレーシングチームと呼んで
積極的にレースに参加したのだ。 ディトナでのレースにも自分のチームを参加させていた。

そして、彼が市販1台目の ディトナのオーナーと言われている。

数週のウオーミングランを終えて、各車がピットに戻ってきた。

私は下まで降りると、そのディトナがピットレーンをこちらに戻ってくるのを待っていた。
離れたところから見ると、ディトナは凄く小さく見える。
今時のモデナ以降がエラを張ったような、どうほめてやりたくとも私には無理に感じるモデルと比べると
こいつは非常に繊細な印象を受ける。

特にまじかに現れたそいつは、パースぺクスモデルと呼ばれる初期型で、ヘッドライトが上半分だけ見えると言う
凄く凝った作り。

人間で言う、眼がはっきりとしていて印象がディープだ。

ディノが何故あんなにインプレッシブなのか考えたことがあるが、やはり結論はあのでかい出目金のような
ヘッドライトだった。だから206SPのような ヘッドライトカバーを付けると印象が少し変わる。

そいつはピットレーンから直角にパドックに入り野太いアイドリングを続けている。

サベルトの4点のシートベルトを外し、計器類を点検しているドライバーの顔を見て驚いた。
顔と言ってもジェット型ヘルメットをかぶり、フェイスマスクをつけているから眼しか見えないが
紛れも無く女性の、しかも澄んだ美しい瞳だったからだ。パリコレのモデルのような洋風の彫りが深いタイプ。

レースコースを走ってきたせいか瞳がキラキラ輝いている。

専属のメカニックなのだろう、フロントフードを開けると、各部を点検しエンジンをレーシングさせて調子を見ている。

まじかで聞くディトナのエキゾーストノートは、まるで精密時計のような何一つ余分な物がない非常に澄んだ音だ。
エアクリーナーを外し、ファンネルにしているせいか、6連のウエーバーキャブの給気音がダイレクトに聞こえる。

メカがスロットルを煽ると同時にエンジンが間髪をいれずに反応する、其の様はまるで生き物のようだった。

ミウラもアイドリングからアクセルを踏み込むと非常に軽く吹き上がる。
いわゆる回転のマスが軽い感じ。

でも何処と無く雑な感じがある。

でもディトナはとても精密な時計のように、アイドリングからまるでピストンの動きを感じさせないほど音がシンクロ
しているのだ。
まるで高性能なモーターが廻っているように。

私は前回 歩みのおかげで3台のBBをドライブさせてもらったが、そのときの記憶に残る特に365BBの音とも違う
イメージだった。
そう、BBはミッドシップにエンジンを搭載。やはりマフラーは長いほうがよい音がする。

ディトナの女はヘルメットを取り、フェイスマスクを上からつかんで無造作に取った。
すると長い黒髪がばさりと現れた。

俺は一目で彼女に惹かれた。
顔立ちは端正な美人顔で涼子に似ている。
身長は170センチくらいか、レーシングシューズを履いて俺よりも少し低いくらい。
そのピューマのシューズとスタンド21のスーツ、其の赤い色と
イタリアのフェラーリオフィシャルショップで見かけた
タン皮を貼ったジェットヘルメット 全てが彼女の雰囲気にマッチしていた。

メカニックが点検している傍らに彼女は立つと、何やら指示を出している。

俺は思いきって声をかけた。
かなり勇気がいる。 なにしろ相手はすこぶるつきの美人、スタイルもスーツ越しでも判るほど抜群、
なによりも、彼女が並みの男以上に、運転が難しいと言われるディトナを操っているのを見ていたからだ。

俺は今まで何回か、鞍さんの誘いでディノをサーキットで走らせたことがある。
以前は355とモデナも何回かサーキットに持ち込んだ。

そんなモダーンFとビンテージとの違いはストレート全開の時の安心感だ。

モダーンFは例え8000回転近く回してもエンジンがブローする気がしない。
ところが35年以上も歳をとったディノだと7000回転も回すとなんとなく不安になり
またエンジンが可哀想になる。
つまり無理をさせてごめんねと言う気になる。

俺は其処のところを彼女に質問してみたかった。

すみません、ちょっとお話させていただいてもよろしいですか?
俺は出来る限り 丁寧に言葉を選んだ。

斜め後ろから声をかけたので、彼女がくるっと黒髪を半回転させた。

これが俺と麗子の始めてのアイコンタクトだった。
並みの男ならどぎまぎするほど麗子の顔は整っている。

幸い俺は涼子のおかげで、美人顔には免疫があった。

クールな表情だが瞳が先ほどの余韻かキラキラ輝いてる。
それがいっそう麗子の表情を華やかにしていた。

俺は率直に質問をぶつけていた。
さっきから貴方の走りを見ていたのですが、
ストレートを全開で走っていらっしゃいますよね、不安な気持ちとかは無いのでしょうか?

その不安と言う言葉を聞いて、麗子の口元がいたずらっ子のように緩んだ。

いいえ全然。

はっきりとした口調だった。
それは無知な子供を諭すような響きがあった。

少し困惑した俺の顔をまっすぐに見て、麗子は以外に優しいそしてセクシーな声で続けた。

この車のエンジンは其処の彼に完全にオーバーホールしてもらったいるの。
私は彼を信頼している
だからアクセルを全開で踏めるわけ、わかったかしら?

少ない言葉だが全ての意味が含まれていた。

一つ目は完全なエンジンのオーバーホール。

後で鞍さんに教えてもらったことだが、ディトナのエンジンを完全にばらして必要なパーツを交換し
ピストン、それのリング、シリンダーライナーの交換もしくはボーリング、バルブ、バルブガイドの交換、
クランクのバランス、メタルの交換 など。
ミッションは シンクロ、ベアリングの交換。

それらを全て緻密にやると組み立てまでで 大体500万はかかるという。

勿論、サーキットで高速で走るとなると足回りのオーバーホールも完全にやらなくてはならないし、
ステアリングのラックも注意が必要だ。

勿論、ブレーキも非常に大事なポイントになる。
元々ディトナはキャリパーの容量が小さく、オリジナルではサーキット走行には不向きだ。
そこでガーリングなどの大きな容量のものが必要になる。

二つ目はメカを信頼している、
エンジン、ミッションのOHも誰もが上手く出来るわけではない。
当然、経験、センス、ミスの無い緻密な作業が必要となる。
それが出来るメカと上手に付き合い、車の性能を常にベストに持っていく
これがビンテージの場合、大事なのだ。

三つ目は今までにディトナに30台以上は乗ったと言う鞍さんから教わった。

俺は今までディトナのエンジンがブローすると思ったことは一度も無いよ。
但し、それはこの車だから言えることさ。
それだけこの車のエンジンの完成度が高いと言うこと。
当時の市販車ベースのレースカーでまともに戦って勝っているのはこの車くらいだろう。
特に耐久レースには強かったね。


俺はそれを聞いて彼女が何故ディトナを選んだのか納得した。
その三つの条件を満たしているからストレートを全開で走れるのだ。

後で聞いたらタコが 7800rpm スピードは280Km をさしているそうだ。
直進性も全く問題ないという。

これって約40年前の車だろう、俺は正直にディトナも麗子もすげーと思った。

午後のレースまでにはまだ時間が有る。
俺がサロンで
お茶でも飲みませんか?と誘うと彼女は意外とあっさりとうなずいてくれた。
其の前に私もディノとミウラを持っていると言ったのは言うまでもない。

パドックを歩く彼女は注目の的だ。
赤いレーススーツとシューズ、長い黒髪、おまけにスタイルは抜群ときている。
端正な美人顔はとても落ち着いた雰囲気で、ちゃらちゃらしたレースクイーンなどお呼びでないという感じ、
イメージはモデルエージェンシーの社長で、昔は名の通ったモデルだったというふうだ。

お茶を飲みながら話し始めると、麗子は意外な職業だった。
英会話スクールの経営。
といってもノバのようなスタイルではなく、完全なマンツーマンスタイル。
講師は全て日本在住のアメリカ人かイギリス人。
彼らと直接アポイントを取り、話をする、
其の上にはセレブコースと言うのもあり、
相手は大使館勤務か軍属でも将校クラスの家に訪問し、向こうのライフスタイルも直に学ぶとういうものだった。

その他にも化粧品の通販も手がけていると言う。よくBSのショップチャンネルなどで見るやつだ。
片手間かと思ったが、年商数億でディトナもそれの利益で購入したと言う。

5年前?まだディトナが今に比べて安かったころじゃないか。
今年、2007年では以前と比べて2倍とまではいかないが、確実に5割は上がっている。

麗子に其の話をすると、
値段なんか関係ないわ、欲しい時に欲しいものを、持っているお財布の中から買えばよいのよ。
という返事だった。

俺はふと涼子のロデオドライブの、ブルガリでの買い方を思い出していた。

午後になりファイナルレースが始まった。
ディトナはローリングスタートから勢いよく走り出した。
ポジションは中ほどだが数台の355にはさまれている。
其の前はモデナのチャレスト、599、 ノーマルでもマフラーブレーキなどをチューンしたテスタ系などだった。

裏の100R,ヘアピンからのシケインでは離されるようだが、ストレートではむしろ355よりも速いくらいだった。
俺は思わずピットの上で、ディトナ頑張れと声をあげそうになっていた。

10周のレースは5周目から速いグループと遅いグループに分かれだし
ディトナは中ほどで数台の355とバトルを繰りひろげていた。
最終シケインの立ち上がりから、ディトナがフルスロットルで355のスリップから抜け出しストレートを駆け抜けると
1コーナーのブレーキングで355に前に出られると言う展開だった。

やはりブレーキが課題なようだ。

後で鞍さんに聞くと笑いながら、ディトナのブレーキ? あれは最悪だよ。
アメリカ人のでかい足で踏みつけるから、やっと止まるんだよ。
何故? フェラーリの技術者はあの頃、1968〜73年 まだパワー優先主義で止めるという作業はまだそんなに
重要とは考えていなかったようだ。
其の辺りがポルシェと違うよね。  でも72、73辺りの911Sも今と比べたらグニャと言う感じでけして良くは無いけど。

ランボルギーニも同じ。ミウラはノンサーボだし、LP400もブレーキングは全然下手。
つまり今と違ってスポーツカーはパワーさえあれば許された時代、
ブレーキはお前の力、つまりペダルをおもい切り踏めば良いんだよ、というかなりストイックな考えだったわけだ。
ここらへんが、女には乗れないイメージの元だね。

それが鞍さんの回答だった。

ただ、次世代のBBを作るに当たって、オーナーの要望もあったのだろう、
365BBからブレーキは飛躍的によくなった。
以前、あゆみの365BBに乗せてもらってブレーキの軽さ、効きのよさに驚いたことがある。
ペダルに軽く力を載せるだけで、まるで後ろから太いゴムで引かれる様に減速する。
高速で170〜180キロくらいからのブレーキングでも何事も無かったような制動力、また左右のバランスも完璧
だった。
其の場面を説明すると、
ブレーキングの瞬間、トンと前が下がり、つまり過重がかかり(ミッドシップだが) あとはポルシェで言う真綿で後ろ
から首を絞められるような
強力な減速が待っている。
勿論4輪は完全に地面に接地し、ブレの一つも無い。
つまりBBは加速も楽しいが、ブレーキも楽しい?という 素晴らしいバランスを持った車だった。

第四話 終わり



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