■ わずか150台しかないこの車は、程度のよいものを手に入れるのが大変だ
まだ、年代的に中途半端でレストアされた車が少ないし、それ以外は、かなりがたが来ていると思った
ほうが良い。たとえば、エンジンの油圧低下、オイル漏れ、シンクロの磨耗、足回りの消耗などだ。
勿論、ボディもアルミだが、フレームの鉄のパイプとの接合部が錆びてくる。
ただし、この車は、間違いなく後世に語り継がれる車だから、金をかけてレストアする意義は充分にある。
正直言って当社ではまだこの車をフルレストアしたことは、まだ無い。
でも、もうすぐそういう人が現れる気がする。
なにしろ、この車の日本上陸1号車から、最終生産車(78年) まで全て新車で乗ったのは日本人で私だけという
実績があるのだから。
■ 日本上陸3号車
イタリアから羽田空港までアリタリアカーゴで運んだ。1976年ごろ。運転しているのは私。
首都高を羽田から横浜に向けて走っているところ。ミラーが無いのに注意。
工場デリバリー時には付いていなかったのだ。

乗り込みはお尻を先にシートに落とすようににする。
足からつっこむとアクロバットみたいな体勢になり腰を痛める
ことになる。シートはサイドシルより一段と下がっているから、必然的に足を持ち上げて乗り込む形になる。
昔、百恵ちゃんと このカウンタックの2ショットを撮影した時、乗り込む百恵ちゃんの (教えなくてもセオリーどおり
に乗り込んださすがだ) パ〇ツがちらちら見えたのを今でもはっきり覚えている (なんでや)
若い時の私。(27くらい)髪の毛が長いね〜 ロングヘアーか?
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